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2003年6月 長与 正美
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私が妊娠に気がついたのが2001年11月第4週目の時でした。その時の体重は51kg。さあ妊娠ライフのスタートです。喜びでいっぱいの毎日何を食べてもおいしくて、元気な赤chanを産む為にと心に言い訳をしながらついつい…^o^。しかし5週目に入って切迫流産で入院、その時はさすがに食欲も落ちたものの、10日間程で無事退院、自宅にて安静と言われ会社も辞めました。そしたらば1日の長いこと長いこと。大事をとって家事もほとんど主人がやってくれていた為、私は食べては寝ての繰り返し。幸か不幸か私にはつわりがなくどちらかといえば食べ終わってから少しばかり胸焼けがする程度だったので、食後はzzzの生活、太るはずです---。お正月休みは身内の長与千種率いるガイアジャパンの現役の女子プロレスラー達との4泊5日の旅行。毎晩、鉄板焼だのしゃぶしゃぶだのすき焼きだの選手と一緒になって食べまくり、妊婦だからと言ってみんなから大事にあされ、これまた食べては寝るだけの生活。13週での健診時、なんと体重60kg、9kg増。いつも笑顔の副院長もさすがに真顔で体重増えすぎなので食事気をつけて下さい、これ以上増やさないようにと何度も繰り返し注意されました。 その翌週、今度は風邪でダウン。薬の飲めない妊婦はひたすら耐えるしかなく丸一日は何も口に出来ず寝ていたもののあくる日病状は悪化。過去に経験したことのない程の頭痛、まるでハンマーで頭を殴られているかのような激痛でトイレはもちろん、寝返りすら出来ない状態になってしまい救急車を呼んで貰う事になった。その旨を一応先生にと夫が連絡をしたところ、何とか頑張って病院に来るようにとの事で、かかえられながら病院に到着、即入院。今度は6週の入院生活。2日程で頭痛の治り、次第に回復、しかしさすがに食欲はなく退院時15週目の健診では1kg増(食べていなくてもなぜか体重は増えていた´_`)。 同じ週に羊水検査を受けた為、又また安静の日々。この頃から健診での体重測定が恐怖に思えてきた。18週目の健診時、体重は65kg(もうすでに14kg増)。副院長の顔から笑顔が消え、こい以上体重が増え続けると妊娠中毒症の恐れや帝王切開の可能性も出てくるとご忠告を受けました。それと同時に食事制限と運動をするようにとご指示がありその時初めてマタニティービクスのお話がありました。これが私のマタニティービクスとの出会いの始まりでした。 以前スポーツクラブでエアロビクスは経験があったものの妊婦がまさかあんな激しい運動が出来るなんて夢にも思っていませんでした。しかしマタニティービクスが出来るのは20週目からなので、それ迄はTVでやっている体操をしなさいと副院長に勧められ、早朝6:30と午後2:50の1hi2回、すでに腹囲99cmの大っきなお腹を抱えながら始めました…(我ながら感心したのはこの体操を入院する当日迄続行出来た事ですね)体操と同時に雨の日以外は1日1時間を目標にして散歩も始めました。 そして迎えた20週目の健診の日!!2週間の体操&散歩の高価hああったのか期待と不安で胸をふくらませて乗った病院の体重計。ガーン!!何故か何故かまたもや2kgの体重増加。この日は性別判明の日でもありました。女の子が欲しかった私には先生が男の子だねと言ったその言葉と、体重増加のダブルショックですごくがっがりした事を今でも強く印象に残っています(今ではメチャ2男の子可愛いけど)。しかし、めげている暇など私にはありません。もしこれ以上、体重が増え続けると脂肪が産道について難産になったり中毒症になったり最悪、帝王切開になる可能性もありますよ、と忠告されなんとしても自然分娩で産みたかった私は一大奮起してその週からさっそく始めましたよ、マタニティービクス!!初めての日、ビクスの森田先生にも最初の挨拶で何とか自然分娩にしたいのでこれ以上脂肪がつかないようにビッチリしごいて欲しいとお願いしました…その時森田先生は大丈夫よ、絶対に自然分娩で生めるように頑張ろうねと自信満々の笑顔で励ましてくれて私は救いの神の笑顔に思えていましたね(笑)。さっそく始めたビクスは想像していたよりもはるかに激しくまるで普通のエアロビクスのようでした。 きっと誰もが6ヶ月の妊婦が飛んだり走ったりしても大丈夫だなんて夢にも思っていないですよね。ただただビックリの台一回目の印象でしたね。さすがに次の日は忘れ去っていた筋肉痛などと言う痛みが…でも不思議とここちよかった事を覚えています。参加する回数が増えていく毎に先生や一緒に参加してるメンバーともすごく親しくなりすごく小さな不安や心配事でもビクスが終わったあとの雑談タイムで解消出来、また色々な情報交換やアフタービクスに来ていた先輩ママ達のお話も聞けてとても参考になりましたし心強かったです。 ビクスがあるのは週1回だけだったけど、その日以外は先生とメール交換などで家で出来るストレッチや軽い運動なども教えてもらってTV体操、散歩につけ加えてずいぶん頑張ったつもりなのですが、なぜか健診での体重計のメモリは無情にも増え続けていきました。29週目の健診時にはとうとう70kgに突入(ついに19kg増)。 でも不思議と浮腫、尿蛋白、尿糖は一度も+になる事はなく体重以外は全て順調でした。33週を過ぎた頃からビクス仲間が次々と無事に安産で元気な赤chanを出産し始めてからはより一層来を引き締めビクスに体操に散歩に時間をついやしました。 36週目の健診時には子宮口が1cm開いているので、もういつ産まれても大丈夫だからビクス頑張るようにと副院長に言われ、その足でビクスに参加。先生からの話をそのまま森田先生にも告げると「じゃ今日からはもういつ陣痛が来ても良いメニューにしていきましょう」と言ってくれて今迄以上に走ったりジャンプしたり激しいビクスになりました。ビクス後はお産のイメージトレーニングにも力を入れて指導してくれました。家に帰ってからもスクワットと階段の昇り降りはかかさずやるようにと励まされ帰宅、気合を入れすぎたのか気持ちが先走りしすぎたのか翌日陣痛らしきものが来て入院。 しかしそれは前軌陣痛と言うものだと説明され朝食をご馳走になり退院(笑)。でも陣痛だと勘違いした私は親友でもあり身内でもある千種(長与千種)にメールで早速連絡済みだったので、私が病院を退院する旨の連絡メールをした頃にはすでに他の選手達ともう秒委任のすぐ近く迄向かっていたので、合流し自宅へ戻りました。でももう出産が近い事には間違いないだろうからスタミナつけて最後の体力作りに励もうと言う事になり昼から焼肉をたらふく食べ少し休憩を取り、始めたトレーニング!!(この時既に36週目、体重75.2kg腹囲112cmの妊婦と言うよりは相撲とりみたいな身体で現役のレスラー達と江戸川の土手を早足で歩いたり軽くジョギングしたり土手の階段を何度も昇り降りし、少し休む時には空くわっとで---。通りすがる人達が来る人来る人、私達の団体を誰もが見て行きましたよ、まるで何か不思議な物を見るように(笑)。市川橋のたもとから柴又帝釈天を周り自宅に戻る迄、約2時間に及ぶトレーニングが終わった頃にはもう体力限界でした。いつ陣痛や破水しても大丈夫なようにと全員我が家に泊り込み。しかしその夜は何事も変化がなく翌日朝みんなで健診に。トレーニングの話を副院長にすると「もうあまり無理しないように」と言われその日1hiは初めて何もせずゆっくりとした1日を過ごしました。 それが良かったのか翌日の夕方破水してすぐ入院。若手の選手もいつ陣痛が来ても越しのマッサージが出来るようにと待機してたものの副院長より「明日の夕方頃迄は産まれないよ」といわれPM11:30頃みんな一度帰りました。私もお産にそなえ身体を休める為少し眠るようにといわれ眠りにつこうと思った頃がもう日付も変わり37週目0日目になっていました。 AM1:00頃始まりました、陣痛が---。 AM5:00に副院長が分娩室に来た時にはもう子宮口は全開で「いよいよお産ですよ」と言われた時は陣痛の痛みがウソのように和らぎ期待とあせりの気持ちの方が大きかった事を記憶します。「もう赤chanの頭が見えますよ」と言われてからは早かったですね。目の前で副院長がいきみのその都度指示してくれたので本当にスムーズにあっという間に産まれちゃいました。あの時の感動は今こうして思い出すだけでも涙があふれ出て来ます。 生まれた我が子の処置をしながら院長が「切迫流産しながらもよくここまで頑張ったね。おめでとう」と言われた時はもう感極まって涙・涙・涙でした。さすがに巨体の中で育った我が息子は予定日よりも20日間も早かったのに身長51cm、体重3510gの元気で大きな赤chanでした。院長からも「予定日迄お腹にいたら4000gは超えていたわよ」と言われビックリ(笑)。 でも今こうして振り返ってみて思うことは高齢(37才)で初産で25kgも肥満になりながらも、妊娠中毒症にもならず、尿蛋白、尿糖、浮腫もプラスになる事も一度もなく、貧血にもならず、出産時にも何一つお薬を使う事もなく無事超安産で産めた事は、やはりマタニティービクスの効果が絶大だったのではないかと強く思います。 もしこれからご出産される方は是非是非マタニティービクスをお勧めしたいですね!!体力だけではなく、共に同じ状況の中で一緒にビクスをしたり、情報交換したり出来るお友達が出来るってとても大切ですよ。妊娠中の心や身体の悩みや不安も共に解決出来るし、産後も今度はアフタービクスに一緒に行ったり育児に関する情報交換が出来たり年齢を超えての生涯の友になれますよ。 さて話は戻り、出産が無事終わり退院時の健診、ドキドキしながら乗った体重計69kg、6kg減。やっぱり子供と羊水やらが出てもそう簡単に戻るものではないものでした。風船がしぼむがごとくお腹もしぼむのではなんて思いはみごとに期待はずれでした。退院してからは、体重を気にする間もなく日々の育児に追われ続け迎えた1ヶ月健診。なかばひらき直って乗った体重計は64kg。出産時よりは11kg減^o^。このまま順調に体重は減っていくのではないかと期待しました。しかし、子育てにも慣れて来て、来客やらお宮参りやお食い始め、百日祝などイベント事がある都度お祝い事だからとちょっと気をゆるめると体重計は正直でした。 これではまずいと思いさっそくアフタービクス解禁日より行きました。アフタービクスはマタニティーの時とは違い、身軽だし日頃の育児の疲れもすっとぶ程楽しいです。抱っこやおんぶ、今迄使った事の無い筋肉が凝るのでアフタービクスでその凝りがほぐせ、すごくありがたいと思います。マタニティーの時から一緒に共に励まし合いながら頑張って来た仲間と今度はお互いの子供の成長を見ながらのエアロビクスの楽しさは格別です。お蔭様で体重も出産時より16kg減。あとめざすは8kg減です^o^(まだまだだけどー)。 アフタービクスは途中で森田先生から山本先生に変わりエアロの内容も全く変わってものすごくハードでエキサイティングでやりがいバッチリの楽しさです。きっとさぼらず毎週参加すればかなりのウェートダウンが出来るはずなのですが子供が大きくなるにつれビクス中にスタジオ内を動き回ったりぐずったりする為、なかなか集中ができないのが今の実情ですでど、何とか目標体重達成迄は頑張りたいと思っています。 マタニティービクスは楽しく健康維持をしながらお産へのトレーニングや体力作り、そして何よりも超安産への最短コースとして絶対不可欠なものだと120%の自信を持ってみなさんにも是非是非お勧めしたいです。 又、アフタービクスは日頃の育児の疲れやストレスを吹き飛ばせて、なおかつシェイプアップには絶好!!育児は体力勝負なのでこれまた産後の絶対不可欠なスポーツだと言っても過言ではないと思います。 最後になりますが、妊娠・出産、もうすぐ1才になりますが子育てを振り返り、今思うことは小林産科婦人科で本当に良かったな、心から満足のいくお産だったなと昨日の事のように思いだされ、幸せな気分でいっぱいになります。普通の病院であれば出産が終わってしまえばあまりお付き合いはないものだけど、小林産科は健診や予防接種だけでなく、アフタービクスやベビーマッサージで産後1年になる今でもこうしてお付き合いを続けさせて頂けている事を院長はじめ副院長、看護婦さん、スタッフの方々に本当に深く感謝して居ります。 マタニティービクスや母親学級、妊婦体操で一緒にマタニティーライフの時を共に過ごして来たメンバーとも今も変わらずいつもみんなでアフタービクスやベビーマッサージ、スイミングやお散歩、食事会などを通して、心と身体のダイエットを日々楽しみながら過ごしている事もとても幸せなことです。 そんな年齢を超えての生涯の友達作りが出来たのもこの病院のきめ細やかな配慮のいきとどいたシステムのお陰だと心からお礼を申し上げたいです。ありがとうございます。そしてこれからも末長くよろしくお願い申し上げます。 長与正美 |